日本人の食文化のふるさとへの憧れ 谷泰

   
 

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 日本人の食文化のふるさとへの憧れ
 谷 泰(人類学者)


 5月、久しぶりにヨーロッパから日本は京都に帰って、まず心打たれたのは、目にこぼれるような緑に輝く里山の森だった。 クスやシイなど新緑が、盛り上がるようにひしめき、輝いていた。 やはりここは植物生態学の分野で照葉樹林帯と呼ばれるにふさわしい世界だということをあらためて再確認した。

 とそんなとき、在日のシャンの人々の手助けをしている鄭さんから、シャン文化情報誌のニュースレターになにか書いてほしいという依頼を受けた。 じつはわたしはいまだシャンの人々の土地を訪ねたことがない。 ただシャンの人々の土地と日本と、その両者は、いずれもがともに属する照葉樹林帯という自然、そしてそのもとではぐくまれた食文化で意外に密接につながっていることを知ったのは、わたしがまだ大学生であった頃のことだ。

 ある土地に生えている植物相は、その土地の自然環境を反映する。しかも自然環境を同じくする限り、同じ樹林相が国境を越えて連続的に広がる。 照葉樹林帯とは、東アジアの温帯地域を東西にまたいで広がるユニークな樹林相に当てられた名称である。 代表的樹種であるカシが常緑で、輝く葉をもつためにそう呼ばれる。 そしてこういう森はインドシナ半島の北部高地から揚子江南部、朝鮮半島南部、そして日本の西半分にまで及ぶ。

 しかもこの地域内では、生態環境を同じくするため、共通した栽培植物が利用され、固有の食文化圏が形成されることになった。 かつて栽培植物について優れた書物(『栽培植物と農耕の起源』、岩波新書)を書いた中尾佐助氏は、この照葉樹林帯に共通の栽培植物として、ワラビ、コンニャク、ヤマノイモ、シソ、ウルシ、茶、ミカン、ヤマモモ、ビワといったものをあげている。

 シャンの人々の地に、ヤマモモやミカンやウルシがあるかどうかは知らないが、ワラビやコンニャクが利用されていることは確かなようだ。 茶は中国領雲南から北タイにかけて、直接葉を火にあぶって食べる方法から、発酵、非発酵まで、また、その多様な喫茶方法から、この地域が茶の起源地だと見なされている。 さらに固有の調理文化として、魚など動物蛋白に塩と麹を加え、壺で長期発酵させた調味料は、植物性蛋白、豆をもちいた日本の醤油の元祖、塩み、甘み、辛みという西欧的味の三大元素に、アミノ酸によるウマミ味という第4の元素を付加させることになった、固有な味文化の開発地でもある。 いや麹といえば酒、近頃は欧米でも寿司とともに広く知られるようになった麹発酵酒、それも麹発酵させた魚の漬け物とともに、この照葉樹林文化圏での不可欠の食品だ。

 こういうことに加えて気がつくことは、ヨーロッパ人が近代になって日本から持ち帰り自国に移植した花卉植物に、いかに照葉樹林帯固有のものが多いかということだ。 いつか近いうちにシャンの人々をはじめ、その周辺の照葉樹林文化を生み出した人々の元を訪れたいと思っているが、その折には日本的花卉の原生種にも出合いたいなどと願っている。


たに・ゆたか 人類学者。1934年福岡県生まれ。京都大学人文科学研究所教授を定年退官後、滋賀県立大学、大谷大学で教える。著書に『「聖書」世界の構成論理』『神・人・家畜』など多数。多くの研究者を育てた日本文化人類学会の泰斗。


2007年10月15日発行6号掲載

 

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