迷い込んだ異邦人 佐々木譲

   
 

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 迷い込んだ異邦人
 佐々木譲(小説家)


 以前からその地域に行ってみたかった。

 少数民族が多いというそのエリア。中国・雲南省南部からミャンマー、タイ、ラオス北部にかけての広い地域だ。その地域の少数民族の、その土地への憧れはつのる一方だった。

 ただ、その地域に詳しい友人や、その地域出身の知り合いたちとの交遊から、わたしにとってその地域の地理的イメージとしては、そこはインドシナ半島北部だった。

 インドシナ半島北部、と考えていたことで、憧れはあったのに、そこはずいぶん遠い土地とも思えていた。また、行けば行ったで、必ずしも国際標準と言えない宿泊施設に泊まることになり、ときに腹を壊したりもするのではないか。そんなふうにも心配していた。

 つまるところ、自分の出無精を合理化して、そこには行ったことがなかったのだ。しかしもう四年前になるか、わたしが所属する日本ペンクラブの中国親善訪問団にたまたま参加することになった。 この年の訪問先は、北京、上海、それに雲南省であるという。とくに雲南省に関しては、昆明(クンミン)、麗江(リジェン)、それに雪山(シュエシャン)を訪ねるという旅程だ。 打診があってすぐ行きますと参加を伝えてから、わたしは中国・雲南省の地図をじっくり眺めた。

 あらためて気がついた。雲南省南部はミャンマー、ラオスに隣接しており、わたしのイメージしていた少数民族のいる地域の一部と言っていい。つまりそこは、ずっと行きたかった土地そのものである。 国境線こそ地図上に引かれているものの、そのあたりはおそらく多くの少数民族が活発に行き来する、強い一体感のある地域であろう。たまたまわたしは、その中国側に足を踏み入れるというだけのことなのだ。 そのことを知って、出発までがじつに待ち遠しいものとなった。

 この親善旅行の圧巻は、麗江だった。ナシ族が多く住む高原の都市だ。瓦屋根と石畳みの通りと水路の町。世界文化遺産登録都市でもある。

 着いてみると、そこは想像以上に美しい町だった。少数民族の文化の豊かさに圧倒される想いを感じた。

 自由時間があまりなかったのが残念だったが、路地を探索するとほうぼうに外国人向けの民宿の看板がある。じっさいかなりの欧米人が、この町に長期滞在しているようである。欧米人で満員のバーもあった。

 しかも町の構造が複雑で、異文化に迷い込んだ異邦人、という主題で小説を書くなら、ここほどうってつけの都市もなかなかあるまいとさえ思えてくる。

 ここに数ヶ月滞在して仕事をするというのはどうだろう。

 この町を離れるとき、わたしはホテルのレセプションでつい確認してしまったのだ。

 「ここは、ブロードバンドはつながる?」

 わたしはいまもけっこう本気である。


ささき・じょう 若い頃からニューヨークやバンクーバーで暮らし、現在は北海道の牧場で執筆生活をおくる。テーマは歴史から現代の最先端技術まで多岐にわたり、手法もテーマに合わせフィクションからノンフィクションまで幅広くこなす。1989年には『エトロフ発緊急電』で日本推理作家協会賞、山本周五郎賞、日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。


2007年4月15日発行5号掲載

 

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