ビルマの精霊たち ―”ミン・マハーギリ”を敬う思想 向後元彦

   
 

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 ビルマの精霊たち ―”ミン・マハーギリ”を敬う思想
 向後元彦(マングローブ植林行動計画代表)


 はじめに"地球環境異変"のニュースを聞いてから、どれほどの年月が過ぎたことか。しかし、依然としてオゾン層破壊も、森林破壊も、砂漠化も、二酸化炭素の増加も止められないでいる。

 どの問題も深刻だが、たとえば温暖化。怖いのはインド洋に浮かぶ珊瑚礁の国モルディブや南太平洋の島々の沈没だけではない。怖いのは食糧問題だ。主食である穀物を考えるだけでも、その恐ろしさがわかるだろう。コメの主要生産国である中国や東南アジアの国々、小麦の大生産国であるアメリカ、中国、インドといった国で、温暖化による異常気象で高温や低温、長雨や旱魃が続いたとする。品種改良によって軟弱化した作物は、わずかな異常気象にも耐えられない。その結果待っているのは"同時多発テロ"ならぬ"同時多発飢餓"なのだ。にもかかわらず、人類はなんと呑気にかまえていることか。世界各地で紛争や戦争が終わる気配がない。人類が滅亡に向かっていると考えるのはぼく一人ではないだろう。

 だが、もしかすると"ミン・マハーギリ"が人類を救ってくれるかも知れない、とぼくはビルマ(ミャンマー)で考えた。ミン・マハーギリはビルマでもっとも人気が高い精霊(ナッ)である。多くの家にその精霊を祭った「神棚」をみた。ビルマではどの家にも仏間があるが、日本と同じで精霊の「神棚」も共存する。シンボルは大きなココナッツの実。赤い布を巻いたその姿は、お地蔵さんを想わせる。

 興味をひいたのは、「神棚」につけられたカーテンが、朝に開かれ、夜になると閉められることだった。理由を尋ねると、ミン・マハーギリは人工的な光をひどく嫌うからだという。電灯や蝋燭、石油ランプ、竈の火、焚火が発する光、テレビからもれる光ですらいけない。光が当たると、恐ろしい「たたり」がふりかかる。

 マハーギリが嫌う火もしくは人工の光とは、言葉を換えれば文明そのものではないだろうか。人類は火を使うことを知ってサルから決別した。その火は百万年以上、焚火の域を超えることがなかった。だが、火力から蒸気エネルギーを引き出すことに成功し、事情は一変する。産業革命である。以後、人類は瞬時のうちに石油・原油エネルギー時代に突入した。エネルギー使用量に比例して人口も激増し、膨大な資源が消費され、公害を招き、そして地球の危機的な環境悪化にいたった。いま人類の生存をも脅かす地球環境問題も、その源をたどれば、小さな火から生み出されたものといえる。
 釈迦もキリストも、ムハンマドも、火や夜の明かりまでは否定していない。ゾロアスターは火そのものを拝んだ。ところがこのビルマの地方神は、文明の根源である「火」そのものを否定している。

 ぼくは、ミン・マハーギリのこと、ビルマの精霊たちのことをもっと知りたい、と思った。もしかしたら、ミン・マハーギリはぼくたちに新しい考え方を教えてくれるかもしれない―と考えている。


こうご・もとひこ 札幌生まれ。1940年、東京生まれ。東京農業大学時代に探検部を創立。著書に『緑の冒険―砂漠にマングローブを育てる』(岩波新書)など。ロレックス賞、日経地球環境技術賞、大同生命地域研究特別賞などを受賞。


2006年9月15日発行3号掲載

 

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