音と踊りが繋ぐもの 中上紀

   
 

コラムについて

  音と踊りが繋ぐもの
  生物の多様性と民族の多様性
  ビルマの精霊たち―"ミン・マハーギリ"を敬う思想
  迷い込んだ異邦人
  日本人の食文化のふるさとへの憧れ
   

   
  コラム
  ピックアップ記事
  シャン昔ばなし
 
 
  おすすめ
   
 
 音と踊りがつなぐもの
 中上紀(作家)
  ハワイ大学に留学しアジア美術を専攻。仏教美術の研修にミャンマーを訪れたのが処女作『イワラジの赤い花』に結実。

 雨季だった。シャン州のインレー湖畔の町ニャウンシュエに私はおり、町を歩いていて、雨に濡れた道の向こうから不思議な音楽が聞こえてきていることに気づいた。その音を辿って幾つかの角を曲がった。目の前に広がったのは、祭りの行列の風景だった。男たちが、さまざまな大きさのドラのような楽器を手に持っていた。それから、身の丈ほどもある長太鼓。それらの楽器が打ち鳴らされることによって発生する不協和音は、聞き慣れないものではあったが、心の後ろ側とでも形容するしかない精神の微妙な場所を、心地よく刺激する。彼らの音楽に合わせて、シャン族独特の薄オレンジ色の衣装を纏った何人もが、楽しげに踊っていた。腕と足の動きに特徴のある動きだった。その後を何か大きなものを担いだ男たちが歩いていく。さらに、春の花のような服を纏って薄化粧を施した乙女たちが一列に並んで微笑みを浮かべながら進んでいる。

 それが満月を祝うための祭りの光景だったことは、あとで知った。私が見た行列はその儀式の一部で、この後は町の広場でクライマックスの花火が点火される。男たちが運んでいたのは、花火を設置するための長い柱だった。柱は広場の地面に天を向けて突き立てられ、花火の瞬間を待つ。私も大勢の町の人々と一緒にじりじりとしながら点火を待った。その間、音楽はずっと鳴り響き、酒に酔った男たちが何人も、音楽に合わせて踊っている。踊りは、時が経つにつれてますます激しくなるようだった。それに比例するように私の気分も高揚していく。日がどっぷりと暮れた頃、ようやく花火が上がった。どよめきと歓声が、地のうなりのように響き渡った。ロケット花火が幾つも、夜空へと消えていった。花火が終わった途端、あっさりと家路につく人々に混ざって歩きながら、何かが吹っ切れたような、すがすがしい思いに包まれていた。

 音楽と踊りは、人々をある場所からある場所へと繋ぐ道のようなものかもしれない。

 先日、東京で行われたシャン民族「ステイツ・デー」を祝う食事会にお邪魔したのだが、宴もたけなわになってくると、いつのまにかシャンの楽器が登場し、踊る人が現れ、やがて我も我もと前に出ていった。ここでは誰もが音楽家であり踊り手なのだ。そしてそれはシャン人に限らない。本来人と言うものは、嬉しくても悲しくても、歌い、踊るものだ。民族音楽や舞踏であろうと、流行のポップスやダンスだろうと、明日は必ず来ると信じているからこそ、我々は音の旋律と筋肉の躍動に思いを乗せられる。その瞬間だけ、きっとある種の霊力のようなものが宿るのだと思う。「ステイツ・デー」の会場に響いていた音楽は、満月の祭りの時の音楽にそっくりだった。何かに溶かされ、それがまた沸騰してのぼりつめていくような、奇妙な心地よさをもたらすあの不協和音に、もう一度身を沈めたいと、今でも時々考える。


なかがみ・のり 作家。東京生まれ。99年『彼女のプレンカ』で第23回すばる文学賞受賞。


2006年5月15日発行2号掲載

 

Copyright 2006 All Rights Reserved シーサンパンナ文化協会