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ヒンテックで茶の農園をはじめた曹圭鎮さん

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 ヒンテックで茶の農園をはじめた曹圭鎮さん
 

村有地は見渡すかぎり の茶畑に変わり、 茶の若木もすくすくと育っている。

タイ北部の中心都市チェンライから北西へ車で約1時間、ミャンマー国境の山あいにあるバーン・ソード・タイ。地元ではヒンテックという古くからの名前の方が今だよく用いられる山中の町だ。町といっても、町の中心の市場から10分歩けば、焼畑だけの風景となる。それでも近隣に住む山岳少数民族がそれぞれの収穫物を持ちよる朝市の賑わいはなかなかのもの。穏やかな山の自然の豊かさが素晴らしく、リゾート化も徐々に進んでいる。

この町のはずれに5年前に完成したばかりの大きな製茶工場がある。学校・病院などの公共施設を除けば町で一番の建物だ。工場オーナーの曹(通称・ジョー、68歳)さんに案内され施設を見て回った。


無農薬の茶を手摘みで

「これだけ規模の大きい製茶工場はタイ中を探しても他にないでしょう」とジョーさん。ここでは、「蒸す「揉む」「乾す」という製茶における基本的な工程を何台もの機械で行っている。また室温と湿度が一定に保たれる貯蔵庫では、茶葉が出荷を待っている。屋外ののどかな景色とは対照的に、その施設の充実振りはなかなかの圧巻。
 

クリーンに保たれた工場内の作業。

温度と湿度を一定に保つ貯蔵庫。

茶葉の乾燥機。


製品の一つ「烏龍緑茶」を試飲した。透明なガラスの茶器を使用し、ぬる目のお湯で淹れる。透明度の高い黄緑色。それから聞香杯(モンコウハイ)と呼ばれる茶器で香りを楽しむ。日本の煎茶に似ているが、もっと柔らかく、実においしい。少し口に含むと、渋みよりも甘み。それから香ばしさ。「栽培のプロセスに手間は惜しまない。全て無農薬で、手摘みで収穫します」との言葉通り、自然の豊かさそのままの芳醇さだ。

年中温暖な気候。適度な標高。PH4〜5の酸性土壌。この付近は茶葉の生育に理想的な条件が揃っているという。それもそのはず、茶のルーツと言われる中国・雲南省まで山地をまたいで約300`。

かつてこの一帯は「ゴールデントライアングル」と呼ばれ、ケシ栽培が盛んに行われていたが、ヒンテックの製茶産業の成否は、この地域の経済活動に一つの方向性を示す可能性がある。
 


「中国、台湾にも負けない味と品質です」と語るジョーさん。


住民の未来のために

お茶を味わいながら談笑するうちに、自然とビジネスの話へ。ところがジョーさんは、
「この茶ビジネスは私自身の金のためにやっているんじゃない」
という。そもそもジョーさんはアメリカで事業や投資で成功した人。もう引退して悠々自適の生活を送っていてもおかしくない年齢だ。いったい何がジョーさんを僻地での茶ビジネスへと駆り立てているのか。

今ヒンテック住民は一見穏やかとさえ見える生活を送っている。しかし実のところ、彼らのほとんどはミャンマー・シャン州における軍の圧政から逃げてきた難民だ。タイ政府は事実上の黙認。追い出さずとも、国籍を与えることはない。住民達の不安を察することは難しくない。そして、ジョーさんの奥さんは、ヒンテックで生まれ育ったシャン人。
「産業を発展させ、住民の未来を安定させたい」
これがジョーさんのモチベーションだ。

製茶工場からバイクで険しい山道を登ること15分。眼下に広大な茶畑を望む。相当の収穫量が期待できるだろう。豊かな自然。ジョーさんの思い。住民の思い。たくさんの栄養を吸収して、この瞬間も新しい芽が開いている。

2006年2月1日発行 1号掲載

 

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